工場の仕事帰りにスマートフォンの画面を眺めながら、NISA口座の設定画面を開いたときのことを今でもよく覚えている。新NISAが始まり、「年間投資枠120万円(つみたて投資枠)」という数字がメディアやSNSで大きく取り上げられていた。
「月10万円も投資に回せるわけがない……」
工場の工程改善や現場の作業効率化を担当している私は、日々の残業をこなしてようやく生活を回している状態だった。そんな自分にとって、年間120万円という非課税枠は、あまりにも遠く、自分とは無関係の世界のように思えた。
当時、ネット上の「満額積み立ててこそ効率が良い」「枠を使い切らないと損をする」といった意見を見ては、投資を始めること自体を躊躇していた。しかし、悩んだ末に私が出した答えは「毎月6,500円だけオルカン(全世界株)を積み立てる」という、とても小さな一歩だった。
年間投資額に直せば7万8,000円。120万円の枠に対して、わずか6.5%しか使っていない。それでも、この無理のない設定からスタートしたことが、現在の総資産約170万円(株式122万円・投資信託24万円など)を築くための、何よりも重要な原動力となった。
年間120万円の非課税枠を使い切らなければ損なのか?
「せっかく国が用意した非課税枠なのだから、使い切らないともったいない」という言説をよく見かける。しかし、投資を何年も続けてきた現在の視点から見れば、枠を使い切るかどうかはさほど重要ではない。
NISA制度において、つみたて投資枠の年間120万円はあくまで「非課税で投資できる上限額」であり、「積立を義務付けられたノルマ」ではないからだ。
金融庁の公式情報(出典:金融庁「新しいNISA」)によると、非課税保有期間が無期限化された一方で、年間投資枠を使い切らなかったとしても、その未使用分を翌年以降に繰り越すことはできない。翌年になれば、また新しい年間120万円の枠が均等に付与される仕様となっている。
| 項目 | 新NISA・つみたて投資枠の主な仕様 |
| :— | :— |
| 年間投資上限額 | 120万円(月単位で最大10万円) |
| 非課税保有期間 | 無期限 |
| 未使用枠の翌年繰越 | 不可(翌年に持ち越すことはできない) |
| 年間投資枠の再利用 | 翌年にリセットされ、新たに120万円が付与される |
| 最低投資金額 | 金融機関による(多くのネット証券では100円から可能) |
無理をして生活費を削り、毎月10万円を投資に回した結果、日々の生活がギスギスしてしまっては本末転倒である。また、投資信託には元本保証がなく、市場の動向によっては元本割れのリスクが常に存在する(※投資は元本割れのリスクを伴うため、最終的な判断は自己責任で行う必要がある)。
日々の暮らしを脅かさない「余剰資金」の範囲で、いかに市場に長く居続けるかの方が、枠の消化率よりも遥かに重要である。
私が「毎月6,500円」の少額積立に決めるまでの試行錯誤
工場の給料だけで将来を過ごすことに不安を覚え、家計改善と投資を同時に模索し始めた頃、何から手をつければいいのか全くわからなかった。ネットの情報を鵜呑みにして「最初は無理をしてでも月3万円は捻出しよう」と考えたこともあった。
しかし、当時の私には決定的な欠点があった。急な出費やトラブルに対応するための「生活防衛資金」が十分に確保できていなかったのだ。
もしあのとき、見栄を張って毎月数万円ずつの積立を設定していたら、工場の残業代が減った月や、冠婚葬祭などの急な支出が重なった際に、せっかく積み立てた投資信託を取り崩す羽目になっていただろう。投資信託は時期によっては購入時より値下がりしていることもあるため、必要に迫られて元本割れのタイミングで売却するリスクを負うことになる。
悩んだ結果、私は新NISAへの切り替え時にも設定を見直し、自分の身の丈に最も合致する「月6,500円」という少額に設定した。
この判断は、今振り返っても正解だった。無理のない金額だからこそ、株価の下落局面でも動じることなく積立を継続できた。また、投資信託とは別に保有している株式などから、年間約26,000円の配当金(実績値)が着実に手元へ入ってくるようになったことも、少額であっても「まず始めて、長く続ける」という姿勢があったからこそだと実感している。
無理のない積立額を見極めるための3つのステップ
年間枠を使い切ることに囚われず、自分にとって最適な投資額を決めるために、私が実践して効果があった手順を紹介する。
1. 「生活防衛資金」を最優先で手元に残す
投資に回すお金を作る前に、まずは生活防衛資金を確保することが鉄則とされている。一般的に、生活防衛資金の目安は「生活費の3ヶ月〜6ヶ月分」と言われている(出典:各種金融機関の一般的な資産設計ガイドライン)。
私の場合、まずは家計管理アプリの「MoneyForward」を導入し、毎月の支出を完全に可視化することから始めた。手元に十分な現金があるという安心感があって初めて、リスクを伴う投資に落ち着いて向き合うことができる。
2. 毎月の「本当の余剰資金」を計算する
手取り収入から、家賃や光熱費などの固定費、食費、そして生活防衛資金としての貯蓄分を引き、最後に残ったお金だけが「本当の余剰資金」である。
私の場合は、工場の給料から捻出できる確実な余剰資金が、当時は毎月数千円程度だった。そのため、周囲の「月5万円」「満額」という声に惑わされず、毎月6,500円というリアルな数字を選択した。
3. 副業の仕組み化で投資原資を育てる
本業の給料だけでは、投資に回せる金額を劇的に増やすことは難しい。そこで私は、ブログ(nasirinngo.com)での情報発信、YouTubeでの動物雑学チャンネルの運営、noteでのコンテンツ販売といった副業を開始した。
しかし、工場勤務の残業が多い月は、帰宅後に疲れ果ててしまい、副業の作業が全く進まないという失敗を何度も経験した。
この「時間が足りない」という壁を乗り越えるために取り組んだのが、Pythonを活用した作業の「自動化」である。ブログの投稿管理や動画制作のパイプラインをスクリプトで自動化したことにより、一人でも複数の媒体を継続的に運営できる体制が整ってきた。
こうして少しずつ育てている副業収入だが、これも「毎月安定して入る」と確信できるまでは、焦って投資額に上乗せしないように気をつけている。
積立額を段階的に増やす4つの現実的なタイミング
「今は少額しか積み立てられないが、いずれは投資額を増やしていきたい」と考えている場合、焦って最初から背伸びをする必要はない。以下のような、生活のステージの変化に合わせて少しずつ増額していくのが現実的である。
1. 本業で基本給が上がったとき
昇給した際、生活水準をそのまま維持し、増えた給与の一定割合を積立額に上乗せする。
2. 固定費の削減に成功したとき
スマートフォンのプラン見直しや、不要なサブスクリプションを解約して浮いたお金を、そのまま自動積立の増額分に回す。
3. 副業収入が安定して推移し始めたとき
一過性の利益ではなく、数ヶ月にわたって継続的に得られるようになった副業収入を原資にする。
4. 生活防衛資金の目標額が貯まりきったとき
現金の貯蓄目標を達成した後は、それまで貯蓄に回していた資金をスライドさせて投資に回す。
NISAは一括で大きな金額を投資することも可能だが、毎月の少額積立を基本とし、余裕ができたときに少しずつ設定変更を行っていくスタイルが、個人の家計管理においては最も安全である。
※なお、国の税制やNISA制度の仕組みは、今後法律の改正等によって変更される可能性があります。投資方針を決定する際には、常に金融庁等の公的機関(出典:金融庁ウェブサイト)の最新情報を確認した上で、自己の責任において行ってください。
まとめ
NISAの年間投資枠120万円を使い切れないからといって、焦る必要は全くない。120万円という数字はあくまで上限に過ぎず、大切なのは「今の自分自身の家計にとって、持続可能な金額で長く続けること」である。
月々数千円の少額投資であっても、早期に市場に参加し、福利の効果や資産運用の感覚を身につけることには大きな価値がある。他人と比較して無理な積立を行い、途中で生活が破綻して解約してしまっては元も子もない。
自身の家計や副業の状況を見つめ直し、生活防衛資金をしっかりと確保した上で、自分にとっての「最適解」となる金額をコツコツと積み上げていくことが、長期的な資産形成を成功させるための確実な道筋である。
※Amazonアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。


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